読書濾液の貯水箱

本を読んでいたことを忘れないために

読むためと読ませるために―「わかったつもり」を読む

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 タイトル:わかったつもり~読解力がつかない本当の原因~
 作  者:西林克彦
 出版年月:2013年12月13日
 出版会社:光文社新書

 1、国語という科目

 この本は、教育現場で語られてきた「国語」が、何を教えたかったのかを、もう一度伝え直したものである。授業で作者の気持ちを考えさせ、試験でその答えを選ばせようとするのは、どんな力を求めていたのか。なぜ「作者の気持ち」を考えなくてはいけなかったのか? なぜ本当にそうかも納得できない選択肢を正解にしなければならなかったのか? その理由を伝えるために、作者は悲壮なほど禁欲的に、この本を組み上げている。

 2、「わかった」を邪魔する心と整合性を持つ「読み」
 ヒトが文章を読むには、まず文章を構成する要素を理解していなければならない。一つは単語の意味であったり、文法であったりするが、これらだけでは、ヒトはまだ文章を読むことができないことがある。
 有名な「口の中に出し入れして白い液体を出すものは何か?」というなぞなぞにあるように、文脈によってヒトは全く異なるものを読みとるのである。文脈がなければ、意味が伝わらないことがある。
 作者はここで逆に、文脈さえあれば、意味を「わかりきらず」に「わかる」ことができるとする。本当は、もっと正確に読みとる余地があるにもかかわらず、文脈によって「なんとなく」「こうだ」ということが「わかってしまう」。その意味が正しいか間違っているかは別問題で、ただ「わかった」という風に受け取ることができてしまう。全体の雰囲気や、無難なことへの向き安さなど、文脈による様々な効果が、本来より読みとるべき情報を読みとる前に「わかった」という状態に行き着かせてしまうのである。

 作者はこの「わかった」状態こそ停滞であり、より深い理解を妨げる悪癖であると考える。「よりわかる」「ただしくわかる」ためには、「わかった」という状態をより深めることができることを知っている必要がある。
 このとき作者は、「文章と文脈にある意味から、整合性を保てる範囲であれば、その他の限度なくして意味を読みとることができる」と考える。センター試験の答えは必ずしも自らの読みとは異なるかもしれないが、それが問題文との整合性の範囲で否定できないのであれば、それこそが(設問上の)答えなのだ。
 ヒトは文章の中から読みとれることを読みとり、その整合性が保たれる範囲で、より深く、より妥当で、よりおもしろい解釈を持つことができる、というのが作者の主張である。必ずしも「正しい一つの答え」を選ぶことは望ましくないが、整合性の保たれる範囲であれば、それは許容されうる解釈なのである。科学の仮説が実証されるまでは数多に存在するように。

 3、整合性のための「書き」とは

 この本を読んで特に驚いたことは、あらゆる記述が徹底して「誤読」を防ごうとしていることだった。必死すぎるほどに例を掲げ、その例の意味を示し、その示された意味を説明し、その説明のためにまた例を掲げ、なぜそれが意味を示すのか、前まで語られていたことと併せてもう一度説明する。いくつか試みとして読者にちょっとした手間を求めたら、何度でも繰り返し丁寧にその趣旨を解説し、必要になればその知識が必要になる直前で繰り返す。
 少し前のことなら覚えているだろう、一般常識で補ってくれるだろう、今までの文脈から読みとってくれるだろう、そんな「わかった状態」を作り出す「文章側の原因」を、作者は徹底して取り除いている。
 作者はこの本の中で、より読解を深くするための方法を記載しているし、誤読しやすい文章があることも(多くはないが)示している。ただ、文章の善し悪しについて、作者は直接的には何も語っていない。

 しかし、この本の存在そのものが、本当に深い理解を求めるのであれば、きっと「誤読」は許されないのだ。作者が「書き手側から」わかったつもりを排除するため、どれほどのストイックさを以てこの本を執筆したのか、尊敬の念を禁じ得ない。